昨日は父の命日でした
8年前の昨日、いつものように仕事を終え
ビデオに撮った‘笑点’を笑いながら見てる途中に
‘なんか右半分がおかしい…’と言い
そのまま、亡くなりました。
突然で、きっと痛みも感じず
笑点を笑いながら見ている時の死で
本人は、幸せな最期を迎えたのではないかなと思います。
58才でした…
私とちがって、何を食べても太らない体質の父は
若い頃から、1型糖尿病でした
日本人の95パーセントは2型糖尿病と言われていますが
父は‘インシュリン依存型糖尿病’とか
‘小児糖尿病’とか言われている、稀な糖尿病でした
私が子供の頃、両親の家に泊まりに行った時
(私は両親健在でありながら、祖母の家で育ちました)
よく、インシュリンの注射を、太ももに打っている姿に出会いました。
行った時のいつもの挨拶?は
「あれ?まだ生きとったん?」
「おお!お前も元気そうで、なかなかしぶといのぉ」
でした…
(私のごく☆A・くにん伝説?は、この頃から始まったのかも知れません・爆)
そんな父の主食は、ビール…
口癖は‘50までの命と思って、それまでは頑張って生きる
後は、余生でいつ死んでもいい’でした
田舎の長男で、初孫で
他の兄弟たちとは別格で、王子のように育てられた父でした
大人になっても、自分が食堂を経営していたので
人に仕えるということを、ほとんど知らない父でした
庶民的な食堂でしたが
‘焼きソバ’とかは、ソースではなく
ラーメンの汁と白ワインで創る
独特の美味しさでした
どんぶり物も、出汁の味などが他では
食べたことのない味で
やみつきになりました
私が行くと、新しい創作料理を創っては
次々に出してきて、感想を聞く父でした
きっと料理が、心から好きだったのでしょう
わがままで、いつまでも子供のような父でしたが
母よりはずっと子煩悩で
よく旅行や花見や海、遊園地などに連れて行ってくれました
私は、祖母の内縁の夫を‘父さん’と呼んでいたので
父のことは、名前で呼んでいました。
私にとっては‘父’というより‘兄’とか‘悪友?笑’
という存在でした
死後、8年経った父の魂は、今どこにいるのでしょう…
会うとつい憎まれ口をたたきたくなるので
そっと気付かれないように、今の父の魂を
覗き見してみたい私です