2008年2月8日金曜日

14年前

1994年2月8日…
3週間前から、私は入院していました。
血糖値が上がったり下がったりの差が激しく
大事をとって早めに管理しましょうということで
入院が決まったのでした。
体重を増やさないようにとの医者のアドバイスの通り
赤ちゃんに必要な栄養はサプリやシリアルやエキスで取り
極力カロリーを抑えた食事をしながらも
週に1日だけは、好きな物を多めに食べていて
それで血糖値が不安定になったのかもしれません
入院当初は産婦人科にいましたが
長い入院の妊婦さんは、いつも満員の産婦人科から
他所の科に移されることも多く
2週間目から、私は外科に入院しました
同じ病室になんと子宮癌の患者さんが…
しかも23才といいます
私と同じB型で、明るく屈託のない彼女は
もうお子さんが二人いて
全然平気だよ~と笑顔で言いますが
私はどんな顔をしたらよいのか
どんな言葉を話したらよいのか
しばらく途方にくれましたが
彼女とは学生時代の話、音楽の話などで盛り上がり
とても仲良くなりました
彼女が子宮癌になった原因は
なんと!2人目の出産時に、
胎盤が子宮に少し残っていたことだと聞いた時は
「病院を訴えないの?」
と思わず聞き返しましたが
彼女は「もう終わったことだし、運命だよ。
2人も可愛い子供がいるからいいよ。」
との答えにカルチャーショックを受けました
私の出産予定日は2月16日…
2月に入った途端
「子宮の状態の良い時に早めに出産しましょう」
と言われ2月6日の夜
子宮を開く為の海草というのを子宮に入れました
これが痛いのなんのって…
先生が私の子宮に海草を入れながら
故郷の話などを呑気にしてくれていましたが
こんな状態で…しかも声の出ないような痛さの私は
「いっ…痛い…いたいですねっ…うっ」
というのが精一杯で、そんな私に追い討ちをかけるように
明るく弾んだ声の先生は
「出産の痛さなんてこんなもんんじゃないですからね~♪」
と楽しそうに言うのでした

7日は微弱陣痛しか来ず、8日に陣痛促進剤の点滴を受けながら
分娩室に入った私は、とても広い分娩室に
他の分娩代も2つあることに少し驚き
「なんかTVで見てた分娩室と全然違う~」
と思っていました

助産婦さんは
「じゃあしばらくひとりで頑張っていて下さいね
何かあったら、ナースコールしてください
時々見に来ますからね
まだまだ初産だし、10時間はかかりますよ」
と忙ししそうに出て行きます

「へ?ひとりで、このままここにいるんだ」
大きな分娩室にポツンとひとり
総合病院の出産ってこんな感じなのかな
でも10時間って、気が遠くなりそう~
時々来る弱めの陣痛に手に汗握るように耐えながら
その後一気に襲ってくるのたうちまわるような
激しい陣痛に身もだえしながら…
でもこんなに早く生まれるはずないし
とどこかでは冷静な私…

助産婦さんが「どうですか?」と様子を見に
「なんか生まれそうですけど…」
と苦笑い気味に恐る恐る伝えると
鼻で笑いながら「なわけないでしょ!まだまだ」
と肩をトントン叩いて
「じゃあまたね~」と手を振り行ってしまいました

………
そっ…そんなものかな……?

そう呑気に思おうとしているところに
激流のような陣痛、破水
火を吹いて暴走する怪獣のようになった私

ナースコールを鳴らすと5分もせずに出産していました

よく出産の痛みの例えで
「鼻からスイカが出るような痛さ」とかいいますが
私にはイマイチ ピンと来ず
私が例えるなら
「自分の10倍くらいの巨人に
サキイカのように引き裂かれるような痛さ」
という感じです
………

助産婦さんには
「こんな超安産は珍しいわよ」
といわれましたが、とても超安産とは思えぬ
想像を絶する痛さで………

これで助産婦さんの言う
‘平均的な出産’だったとしたら
気絶とか遙かに通り越しそうでした

さてさて赤ちゃんとの初対面ですが
一応、表面上は
「赤ちゃん…はじめまして」
とかいつか見たドラマのワンシーンのように
穏やかに微笑みかけましたが

本音?では
「すっ…すごい~ちゃんと目も2つ鼻1つ口も
眉もあるし、手に爪も生えてる~~
内臓の動きとかもちゃんとしてるんだ~
私が粘土細工のように体を形どったわけでもないし
すごく勉強して、心臓や肺や腎臓の動きを習得して
あるべき場所にあるべき働きを組みこんだわけでもないのに
ただ10ヶ月おなかにいただけで
ちゃんと栄養素とかとって成長して生まれてくるなんて
神さま?創造主さま?ってどれだけすごいお方
なんだろ~と思ったのでした

そんなこんなで今日無事14才になった息子よ
お誕生日、おめでとう~(爆)